パラグアイの環境

パラグアイについて

のどかな風景が広がるパラグアイ

南米の質の高いサッカーを体験できるだけでなく、治安や物価といった面で ブラジルやアルゼンチンより暮らしやすいパラグアイは、サッカー留学先として 最適な国と言えるでしょう。

面積40.7 平方キロメートル
首都アスンシオン ASUNCIÓN (人口約51万人)
人口約 640 万人
言語公用語:スペイン語(先住民語はグアラニ語)
気候亜熱帯性気候 年間平均気温:24.5℃

日系ベルマーレ所在地 ITAUGUA (イタグア市)

NIKKEI BELLMARE は、日本の反対側の「もう一つの日本」にある。

パラグアイの首都であるアスンシオンの郊外にある、魅力ある工芸の街イタグア。
アスンシオン市 から自動車で 1 時間弱の距離にあり、のどかな田園風景が続く自然にあふれた街です。
イタグア市はパラグアイのお土産としても有名な伝統工芸品「ニャンドッティ」の街として、世界 的にも知られています。イタグア市は日系人の方が多く住む街としても知られ、日本語が通じる エリアもあります。
日系ベルマーレのクラブハウス、スタジアムは、パラグアイに住む日系人のための保養・交流施 設「セントロ・ニッケイ」に隣接しています。

パラグアイの日本人

パラグアイに日本移民が入ったのはかなり古く、1936 年から始まり、70 年以上の歴史があります。
1959年には、以後 30 年にわたって年間最大 3,500 人を受け入れる移民協定が日本とパラグアイの間で結ばれ、多くの日本人が富を夢見て農業移民として海を渡りました。
隣国ブラジルの農業移民は農業を捨てることも多く、都市のサンパウロに集まって日本人街を形成しました。
日本人街は韓国人や中国人の移民が増えたことから東洋人街となり、大都市サンパウロでは日本語を理解しない日系人も多くいます。一方パラグアイでは、いまだ多くの日本人移民が農業に従事しています。農業移住地は都市と違い、他の土地から人が入ってくることがほとんどないため、今でも普通に日本語が使われています。移住地で育った子供は日本語を話すだけでなく、移住当時の日本の風習をしっかりと受け継いでいるため、古き良き日本がパラグアイに保存されているのです。

日系ベルマーレの環境

所属選手・コーチ

所属選手数

トップ・サテライト合計:35 人/ U-18:25 人/ U-16:30 人 …全カテゴリー計 90 人

監督・コーチ

トップは監督・フィジカルコーチの 2 人が担当。U18・U16 は 2 人のコーチが兼任で担当。
フィジカルコーチとU18・16 のコーチはパラグアイ人です。この 3人はチーム発足時から日系ベルマーレのコーチとして働いています。

施設・生活環境

日系ベルマーレには4部リーグのクラブでは唯一、クラブの寮があります。
1 部のクラブですら寮を持っているのは2クラブ程度とのことです。寮はグランド横のクラブハウスに併設して建設されています。
現在、寮ではトップとサテライトの選手が生活しています。寮では遠方からの選手を受け入れ、3 食の食事と部屋が用意されています。4人1部屋で、大きさは 8~10 畳ほどの広さです。部屋にはベッド・タンスが設置され、食事は寮母さんが作ります。テレビは食堂に1つ(ケーブルテレビ付)です。
ここに住んでいる選手は、プロレベルの生活環境が用意されています。

1日の流れ※一例

午前中は語学学校、夕方よりクラブチームへの練習参加が主な1日の流れとなります。
それ以外の時間は自由時間となりますが、他の留学生と交流したり、自主練習をしたり、観光や家事をしたりする方が多いです。

パラグアイリーグとは

サッカー パラグアイ代表

★2,010 年ワールドカップではベスト 8 に進出
★アテネオリンピックでは初めて銀メダルを獲得

ブラジル、アルゼンチンに次ぐ南米の強豪。FIFA ワールドカップに 9 回出場。現パラグアイ代表の FW ロケ・サンタクルスや、2007 年南米最優秀選手に輝いたサルバドール・カバニャス、パラグアイ代表歴代最多キャップ数を誇るカルロス・ガマーラ、そして元パラグアイ代表 GK ホセ・ルイス・チラベルトなどが有名です。

パラグアイリーグ Liga Paraguaya

パラグアイのサッカーは 1 部から 4 部のリーグで構成されています。1~4 月に開幕し、10~12 月頃まで行われます。1 部には過去 2 回トヨタカップに出場したオリンピアやセロ・ポルテーニョ、リベルタなど、南米だけでなく世界を代表する競合クラブがひしめいています。
IFFHS(国際サッカー世界暦市統計連盟)が発表した 2009 年世界サッカーリーグランキングでは、パラグアイリーグは 100 リーグ中 16 位。南米ではブラジルが 4 位、アルゼンチンが 7 位、そしてチリがパラグアイと並んで 16 位、日本の J リーグは 28 位でした。

パラグアイで活躍した日本人選手

過去には武田修宏、廣山望、福田健二といった日本人選手がパラグアイリーグのクラブに所属していました。
特に廣山選手・福田選手はリーグ戦に限らず、南米一を決める世界的に有名なリベルタ・ドーレスカップに出場し、活躍しています。こうした国際的な経験によって、彼らは確実にレベルアップを果たしました。